コラム&エッセイ No.5 混沌とする医療倫理に思うこと

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コラム&エッセイ No.5 混沌とする医療倫理に思うこと

心の中で生きる父
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最近、医療でのインフォームドコンセント(IC)(※1)や患者の自己決定権が医の倫理の基本的理念となり、 従来の伝統的な医療倫理、即ち、パターナリズム(※2)が崩壊し、新しい医療倫理として、米国を中心に世界各国に広まった。
そもそも医療倫理とは、医療現場でおきる道徳問題をいう。 倫理や道徳は、社会の中で人の行うべき正しい道であるが、民族や国家、宗教などで異なり、また時代の変化によっても変動することがある。 倫理が、医学、医療に必要不可欠な要素であることは、ギリシャのヒポクラテス時代に始まり、時代と共にその精神、医の倫理は受け継がれてきた。 しかし、近年になって医療技術が高度化及び多様化になるにつれ、ヒポクラテスの誓いの内容も一部批判されるようになってきた。その背景には、 医師と患者の父子関係の、いわゆるパターナリズムが挙げられ、特に日本ではその傾向が顕著だった。
現在、患者(人間)中心の医療を行う新しい倫理として、バイオエシックス(生命倫理)が注目されるようになり、それは、 安楽死(※3)尊厳死(※4)、 遺伝子操作をした医療(遺伝子治療(※5))、生殖補助医療(※6)臓器移植(※7)など、人間の生命に関する倫理的問題を考察する学問(生命倫理学)となった。 個人主義や人間中心主義(※8)及び功利主義(※9)を徹底するバイオエシックスは、 ICや患者の自己決定権を確立させ、従来の医療倫理(パターナリズム)にパラダイムシフトをもたらしたことは画期的成果であった。そしてその後、 バイオエシシスト(生命倫理の専門家)らが、医療倫理の4原則(自律尊重、無危害、善行、正義)を提唱した。しかし、残念ながら、我々医師やバイオエシシスト達は、 この原則に従い、医療現場で起きている様々な問題の解決を試みるも未だに明確な答えを見い出せていない。この理由の一つには、4原則があまりにも抽象的で、 人生観、人間の内面性や性格、文化、宗教及びジェンダー(※10)については、ほとんど無力であったからである。さらに、 皮肉なことに患者の自己決定権がバイオエシックスを脅かし、特に生殖補助医療では、バイオエシックスが難問の前に立たされている。 この様なことから、現在、バイオエシックスそのものの意味が問われており、生命倫理学は今まさに重大な岐路に直面し前途多難と言わざるを得ない。
一方、自然環境の保全から、人間中心主義の考えが批判されるように なり、自然と人間の共生を図る環境倫理学が生まれた。環境倫理学(※11)は、地球環境問題に対して倫理学的観点から考察する学問で、 生命倫理学と本質的に対立し人間非中心主義(※12)を唱えている。最近の地球温暖化の防止や自然環境の破壊の防止などの地球環境問題は、 人間中心主義を超越しようとするものである。個人の生存より生態系の存続を優先する傾向を持ち、当然と考えられている概念(自由、正義や個人主義など)が、 環境倫理学では根本的な疑問にさらされるという。従って人間非中心主義は、自己犠牲の精神を試されているとも理解できる。不幸にも今年3月11日、 国内観測史上最大のM9.0の東北地方太平洋沖地震が発生し、津波や火災で多数の死傷者が続出し、しかも福島第一原子力発電所事故が引き起こされた。 その現場では、日本、世界いや地球を汚染する放射性物質を封じ込めるため、消防、警察、自衛隊の人々が身の危険を顧みず、 必死で任務を遂行する姿勢に感動させられたが、これはまさに自己犠牲の精神といえるであろう。医療面では、臓器の移植医療がそれであろうか。 現在、医の倫理は、生命倫理や環境倫理が交錯しあうカオス的な結果を招いており、ICや患者の自己決定権についても新たな問題をも浮上させた。 今後の医療問題は、生命や環境の問題を同じ条件で研究し、それらを統合させて、諸問題に場当たり的でなく、理論と原則をもって、より良い医療、 即ち、医療の質と安全、安心のために、新しい医療倫理を構築していかねばならない時代となった。 では、劇的な医療技術の進歩に対し、 現状で起きている新しい問題に我々の医療は、どう向き合っていけばよいのだろうか。医療従事者がなすべきことは、まず、患者が命と向き合うとき、 専門的見地からの必要な情報、技術を提供し、そして、患者自身の自己決定権を行使出来るように手助けするパートナーの役割を果たすことである。 また、患者と医療従事者は、お互いを認め合い、信頼関係を築けるようコミュニケーションを図ることが何よりも大切である。時代が変わり、 どんなに医療や科学技術が発達し、医療や生命及び医療倫理が変化しようとも、お互いの信頼関係を崩壊させることなく、 医療に専念し続けることが重要ではないかと考える。
※1 インフォームドコンセント(IC) …
 患者が医師から治療法などを「十分に知らされたうえで同意」すること。医師側が患者の権利を無視して自分たちの都合だけで医療を行うことのないように。説明と同意
ICの例外(問題点)
a.救急の場合:患者の身体や生命に危機が迫り十分な説明と同意をもらう時間的余裕がない。
b.患者が医療情報の開示や同意を放棄している場合
c.十分な情報の開示が明らかに患者の意志決定の妨げになる場合
d.患者に意志能力がない場合


※2 パターナリズム …
 父権主義 強い立場にある者が、弱い立場にある者の 利益になるようにと、本人の意志に反して行動に介入・干渉することをいう。
日本と欧米では、歴史的社会的な背景の相違(個人主義、合理主義、宗教観)があるため、日本ではパターナリズムからなかなか抜け出せない。


※3 安楽死 …
 助かる見込みのない病人や怪我人を、薬物を投与したり、施療を断ったりして、楽に死なせること。安楽死法はなく殺人罪となる。


※4 尊厳死 …
 必要以上の延命治療を受けず、人間らしい最後を全うしようという考え方にたって、 回復の見込みのない時点での人工呼吸装置など機械的な延命工作を、あくまでも本人の意志に基づいて辞退、結果的に死を選ぶこと。 医療技術を駆使してあくまで延命を希望する人がいる一方で日本の高齢化社会では、「いかに健やかに生き、安らかに死ぬか」が大きな課題となっており、 安楽死や尊厳死を願う人々がいるのも事実である。しかし尊厳死法はない。
問題点
 無益な希望のない治療のために、患者家族が多大な犠牲を強いられている現状で、患者の人権も大切だが、 家族の人権も考慮すべきといった問題などがある。そのため一部、尊厳死容認化の動きはある。


※5 遺伝子治療 …
 異常な遺伝子を持っているため機能不全に陥っている細胞の欠陥を修復・修正することで病気を治療する手法。 一方では、哲学的、道徳的に解決できない課題もある。日本では、文部科学省・厚生労働省告示の「遺伝子治療臨床研究に関する指針」に従って施行しなければならない。 技術の革新と人体や生態系への安全を確立させること及び科学的根拠に立脚して適切に利用することなどが重要である。


※6 生殖補助医療 …
人工授精や体外受精などの生殖技術を用いて子をもうけようとする不妊治療の総称である。
問題点
a.人工授精の問題 親と子の関係
b.体外受精に伴う問題 選ばれる胚と捨てられる胚
c.代理出産の問題 母と子供の関係
 人工授精や代理出産などの法規制をめぐる議論は多く、問題は山積である。子供とは、何かを真剣に考えなければならない時期となった。


※7 臓器移植 …
機能が障害された臓器の代わりに他の個体などから臓器や組織を移植すること。心臓、肺、肝、腎移植など。
改正臓器移植法(2010年7月17日施行)
a.脳死は一般的に人の死と位置付ける。
b.本人が拒否していない場合は家族の同意で臓器提供できる。
c.提供は15歳以上という現行の年齢制限を撤廃。
d.親族へ優先的に提供すると意思表示しておくことができる


※8 人間中心主義 …
自然環境は人間によって利用されるために存在するという信念のことである。


※9 功利主義 …
『最大多数の最大幸福』ジェレミーベンサムの考え方


※10 ジェンダー …
「社会的、文化的な性差」と一般に訳される。先天的なものではなく、文化的に身につけた、あるいはつくられた性差の概念をさす。 「女 /男らしさ」「女/男役割」などの観念もその一例


※11 環境倫理学 …
(1)自然の生存権、(2)世代間倫理、(3)地球全体主義の3つに整理されている。


※12 人間非中心主義 …
環境に配慮して人間中心主義をできるだけ抑制する立場


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