コラム&エッセイ No.4 心の中で生きる父

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心の中で生きる父
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飢餓山脈
飢餓山脈」……亡くなった父が、太平洋戦争のビルマ(※1)インパール作戦を背景に、戦争の悲劇と戦場の人間性をテーマにし、昭和47年に出版した本である。京都大法学部卒業後、父は陸軍中尉として、ガ島(ガダルカナル)作戦、インパール作戦に参加し、負傷して九死に一生を得て帰国した。会社の定年退職前に、私と兄にだけにはどうしても残して置きたいということで本を書いたのである。戦後60年の節目に、私は、再々度、読み直した。本には(1)無謀な作戦で敗北し、その結果、地獄の撤退と苛酷な飢餓を余儀なくされた。(2)軍本部は玉砕を軍命としたが、戦場の指揮官は、独断撤退を下命し抗命問題となった。(3)父の心には神仏が混在し、特にヘーゲル哲学と仏教をコラボレートさせ戦った。等が綴られている。
この本を読み終える度に私が思い出すのは、小中学生時代、武士道精神をこよなく愛していた父に連れられ時代劇映画をよく見に行ったことである。初めて見たのが「忠臣蔵」で、この影響で毎年、「忠臣蔵」をテレビやビデオなどで観ている。子供達から「また見ている。同じストーリーなのに」と言われながらも飽ずに観続けている。
父は大学生時代、卓球に励み、国体選手として出場した。カットマンの異名で活躍したと言っていたが、定かではない。しかしこの頃は、病気とは無縁であった事は確かであり、戦後、病気との戦いが始まるとは、父も思ってもいなかったであろう。最初に肺結核での肺切除術、次に胃癌での胃切除術を行い、その後慢性肝炎を患った。胃癌術後10年目で癌再発の兆候が無いことから、母が、長生きするよう、あえて父に胃癌だったことを告げた。手術前に父には癌と知らせていなかったので、母の癌告知で、さすがに父もびっくりし、それでいて、今まで生きてこられたことを少し喜んでいたのがとても印象的だった。
運命には逆らえないもので、家族の為に頑張り続けた父に三度目の手術が施行された。それは胆石症での胆嚢摘出術であった。悪いことに術後より合併症が続き、最終的には多臓器不全に陥り、約2ヶ月間の闘病後71歳で絶命した。まさか、本当に、胆石の手術で…この死は、私も兄も外科医として想定外だった。医者なのに自分の親の命さえ救えなかったことや充分な親孝行ができなかったこと等は、今でも父に申し訳ないと思っている。
戦中、戦後と「生と死」という根本問題に真剣勝負で挑んだ父の姿は、私に生病老死(※2)を学ばさせてくれた。そしてこの本を世に出した時に、当時の新聞記者から父の心境が聞かれ、『生き残った者の一つの務めを戦死者に果たしホッとしている』と答えた父の言葉が、今でも忘れられない。本は、数年で絶版になり、私の家では一冊のみである。本に耳を近づけると「国、社会、人の為に貢献できるよう生きていけ」といつもの父の声が聞こえて くる。この本…………私の宝である。
※1 ビルマ(国名) 現在はミャンマー
※2 生病老死 「老」病死として仏教語、広辞苑に記載。
人の生き方としては 、『生まれ、病みながら、老い、死を迎える 』
生病老死 が言葉の表現として妥当と思える。

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